メデューサ    


日本のスピーカービルダー界の孤高の天才故長岡鉄男さんは、様々なスピーカーを作られている。
その中でも、特に変わったものに「ヒドラ」がある。
ひとつのボックスから首が4本生えていて、それにそれぞれユニットが付いていて、四方八方を向いている。
これは一見無指向性の様だが、その発想は無指向性から来ているのではない。
音を四方八方に撒き散らすのではなく、時間差を利用している。

一般的な無指向性スピーカーは、基本的にユニットは外向けに付いている。
これはボーズでもヨシイ9でも同じことだ。
一点(線)を基点として外に向けて音が広がってゆく、これが無指向性スピーカーの大前提である。
                    
ところが、長岡さんの「ヒドラ」は、対向するスピーカーが一部内向けに音を出している。
これは三次元では起こりえない。
なぜなら、三次元では同時に二ヶ所の異なった場所には存在出来ないからだ。
もっとも、自作スピーカーの世界では、ウーファーとスコーカーが思いっきり離れているとか、ステレオ再生なのに複数組のスピーカーを使うという方法もあるにはある。
ただやってみれば解るが、こういった使い方はまともな音にはならない。
ピアノの音階が上がっていくとピアノが瞬間移動したり、最初からボーカルがガリバー旅行記だったりする。
それでは長岡さんの「ヒドラ」は本当に四次元スピーカーなのか、あるいはむちゃくちゃに撒き散らしているだけなのか、、、


実は私は若い頃に「ヒドラ」を作ったことがある。
そのときはまだソースがアナログだったせいか、もうひとつ良さが解らなかった。
アナログは今のデジタルに比べてクロストークが多い、、、、それが原因だと思う。
私はアナログの良さを十分に解っているつもりだが、この部分は事実として認めざるを得ない。
それでは、今のデジタルでの再生で、「ヒドラ」はどのようなパフォーマンスを見せるのであろうか?




さて、「ヒドラ」タイプのスピーカーを作るにあたって、一番迷ったのが「首を何本にするか」という点である。
もし4本でいくなら、必然的に長岡さんの「ヒドラ」とほぼ似たようなものになる。
ところが、長岡さんと同じタイプで首を4本にすると、1本のユニットが真後ろを向くことになる。
パフォーマンスを発揮させようと思えば、スピーカーの後の空間を大きく取らざるを得ない。
「どこに置く?」
物理的理由で、首は3本になった。
3本なら接続も何とかパラでいける。
あと、5本や6本も考えられるが、5本だと結線に頭を悩ませなくてはならないし、6本以上はユニット代が高くつく。


首は3本と決めたら、次は方向である。
今までさんざん無指向性スピーカーを作って来た経験から、1本のユニットは真正面を向かせる。
無指向性スピーカーで1本もユニットが正面を向かないものは、ハイ落ちにならざるを得ない。
そういったスピーカーは耳当たりは良いものの、本格的なステレオ再生ではなく、イージーリスニング用になる。

また、1本は個人的好みとして内側に向ける。
これはボーカル帯域を充実させるためである。
デジタル再生になって、音に広がりはあるものの、なんとなくボーカルが希薄になった。
これは、先ほどのクロストークの問題もあるが(アナログのボーカルが良く感じるのは、クロストークが多いからだという意見もある)、そればかりではないような気もする。

3本目の首は真後ろには向けたくないから、外側を向くか、90度ではなく角度を付けるかである。
今回は音の広がりを重視して45度外に向けた。

また、水平ではなく、上方を向かせるという手もあるが、予備実験の結果、今回はすべてのユニットを水平に配置した。

この首の配置は、今までの長いオーディオの経験と予備実験からこうなったが、正解かどうかは解り様がない。
また、首を塩ビ管にして角度を変えられるようにすることも考えたが、首が微妙に振動するし、ユニットの取り付けが曖昧にならざるを得ないので断念した。







だいたいの構想は出来たので、設計に取り掛かる。
まず、ユニットはどうするか?
8センチか? 10センチか? 12センチか?
若きウエルテルのように悩みに悩んだ上で、、、、、、、などという事はなく、とりあえずその辺の転がっていたFE-83Eを使った。
8センチでは定番中の定番で、かなり音の良いユニットだが、かなり使いにくいユニットでもある。
バスレフでは低域が出ず、ロードを掛けるにはコーン紙が弱い。
そこでまたマルチバスレフにする。
今回はユニットが3本ということで、副空気室が5室のシクスティーバスレフとした。
さすがにこれは達人S氏も作ってはいまい。
3本のユニットのエンクロジャーは独立しておらず、3本ともひとつの主空気室に付く。
これが内部ダクト5本で、それぞれの副空気室へ繋がる。
どうもマルチバスレフはユニットの駆動力はそれほど必要ではなく、空気室自体で低域を出すような気がする。
ただ、ダクトの総面積を考えれば、この辺(シクスティー)くらいが限界だろう。




合板はとりあえず12mmの針葉樹林合板を使った。
かなり安く、柔らかくて工作もしやすかったが、スピーカーの材料としてはコンパネの方が重くて良さそうである。
ダクトの部分を除いては工作も難しくなく、割と簡単に出来上がった。
さすがにユニットの後ろを御影石で支える様なことは不可能で、マグネットは後板との間に合板を挟んで支えている。




さて出て来た音は、、、、と言いたいところだが、この時点で不都合に気が付いた。
各首の高さの差が少なく、イメージしていたのとは違い、ユニットから出た音が他の首に当たって反射してしまう。
これでは四次元スピーカーではなく、民主党並みの「ばら撒き」スピーカーだ。

仕方がないので首の部分の長さを変えてく作り直す。
今度は良い感じだ。
ところが音がもうひとつ納得がいかない。
低域がたわい。
マルチバスレフなのである程度は仕方がないが、他のマルチバスレフに比べても柔らか過ぎる。
ここで思い出したのだが、マルチバスレフの初期の頃に色々なユニットを付けて相性を見ていたが、FE-83Eの低域がいちばん音に芯がなかった。
それがシクスティーになって強調されているのだ。
この音では納得いかない。


仕方なくユニット交換を考える。
また、若きウエルテルのように悩みに悩んで(もういいって、、)、、、、、、なんてことも無く、なじみのフォスター電機の8センチである。
選択の理由は、とにかく安い、耐入力がある、なぜかマルチバフレフと相性が良い。
僅かに大味だが、それはFE-83Eと比べてのことである。


ところが、コイズミから現物が届いてユニットを付け替えようとすると、フレームがあたってどうしても付かない。
仕方なく、また首の部分から設計をやり直す。


さて、最終的に出て来た音は、、、、、なんというか、音が出る時に空間から生まれてくるような感じといったらよいか、、非常に不思議な音である。
うるささは一切ない。
それではBGM的かと言うとそうでもない。
充分細かい音も出てくる。
首の角度で狙い通りボーカルが充実している。
僅かに音が太くなるようだが、これはユニットのせいと方式のせいの両方だろう。
大成功と言うか、他にない面白いスピーカーになった。


自分としてもかなり満足したので、ペットネームをメデューサとした。
髪の毛が蛇になっているおねえちゃんである。
決して、聴いた人が音の悪さで固まって石になる訳ではない。