マルチバスレフW

最近スピーカー再生技術研究会なる会が発足した。
スピーカーの新方式について特許を提出されている達人が会長を務められている。
この会が第1回のオフ会(試聴会)を行うという。
私も末席ながら参加させて頂いているので、この試聴会で聴いて頂くために、スピーカーを制作した。
達人が代表を務められている会なので、敬意を表して、マルチバスレフ(フィフスバスレフ)である。
以下、発表させて頂いた資料をそのまま掲載する。





マルチバスレフスピーカーについて


もう今から数年以上前のこと、オーディオベーシックに大変興味深い自作記事があった。

それは炭山さんの書かれているもので、「フォステックスの技術者の方が新しい方式のダブルバスレフを作られた」との事だった。

このダブルバスレフは、高い方の周波数の共振を第2エンクロージャーに付いている外部に繋がっているダクトで行ない、低い方の周波数の共振を中に付いているダクトで行うというものだった。

さらに驚いたことに、低い方の共振は、第1第2エンクロージャーの合算で行ない、高い方の共振は第2エンクロージャーのみで行うというものだった。

この記事を読んでいるうちに電光石火の如く閃いたのが今回のスピーカーの原型である。

つまり、高い方の共振を第2エンクロージャーのみで行うということは、第2エンクロージャーを複数設ければ、いくつもの共振周波数を取れるということである。


また、自作スピーカーを35年もやっており、ダブルバスレフも10作も15作も作っていれば、その欠点もよく把握している。

それは、中低域の共振を中のダクトで行うため、どうしても篭った音になってしまうことである。

それに対しこのスピーカーは、外側のダクトで中低域を再生するため、これが緩和されるのではないかと期待出来る。


そこでまずFE127Eで副空気室が2つのものを作ってみた。

いわゆるトリプルバスレフである。

これがかなり成功した。

周波数は50Hzくらいまでは出ている。

ただし、どちらかというとやさしい低域である。

ジャズの低域は少し出にくい。



そうこうしているうちに、当会の鈴木氏がこの方式で特許を提出されていることを知る。

多分私と同時期に制作されていると思う。

興味を持ってメールを差し上げると、丁寧な御返事を頂いた。

鈴木氏曰く、「個人的な研究はいくらしても構わない、良いものが出来ればオークションくらいは出しても良い」ということであった。


そこで第2作、今度はFE103Enを使った副空気室を4つ持つもの、いわゆるフィフスバスレフである。

この作品はさらに欲張って、ダクトの先のショートホーンをつけたものだったが、これは失敗。

主な原因は、ユニットの選定ミスとショートホーンがうまく働かなかったことだと思う。


さらに第3作、それはステレオ誌付属のユニットで副空気室3つのもの、フォースバスレフである。

こちらの方は大成功だった。

.5センチでミニチュアのオーケストラが聴ける。

ただし、所詮は6.5センチユニット、音量は望むべくもない。


(このへんのところは、興味のある方は、私のホームページを見て頂きたい http://audio.ninpou.jp/ )


ここまで制作した段階で、さらに鈴木氏からアドバイスを頂いた。

理論的に第2エンクロージャーに付いている外側のダクトは音圧が落ちるという。

確かに鈴木氏の作品はすべて中のダクトで高い方の共振をさせる方式だ。

「なるほど」と頭の中では理解したが、体は理解していない。

それが今回の作品である。


今回のものは10センチユニット用のフィフスバスレフ。

第2作ではダクトを下に向けたので、ショートホーンがうまく働かなかった。

逆に第3作は、ダクトを正面に向けたのでショートホーンがうまく効いていると思う。

その反省も込めて、塩ビ管のエルボーを使い、ダクトは前を向いていながら上方に伸びるというもの、さらにエルボーなので、あとからダクトの長さを変えられるように当面はダクトの延長部分を接着しない。

ショートホーンは45度で広がるため、かなり開口を大きく取れた。

主空気室は約9リットル、少し大きめだが設計上こうなってしまった。

副空気室は4つで1つが約5リットル、こちらの方は理想通りである。

工作はそう難しものではないが、素人にはなかなか45度のカットも大変である。

なんとか、パテとサンダーでそれなりに仕上げた。

今回は実験機の意味合いも持つので、あえて板厚は12ミリ、裏板は外れるようになっている。



ユニットは、実は今付いているものが3種類目である。

FE103Enでは中高域のレベルが高くてうまくいかず(第2作目の学習能力なし)、急遽手配したダイトーボイスでは少し大味、結局TBとなった。

TBのユニットは基本的に中国製(台湾メーカー)のため、機種により当たり外れがかなり大きい。

今回は、京都の麻布オーディオさんに2回も足を運んで、何種類か聴かせてもらった中から選んだ。

高いユニットではないが、マグネットはネオジウムである。

持って帰る時、思った以上に軽いので心配したが杞憂であった。



さてダクトであるが、一応中の周波数を高く取り、外の周波数を低く取る鈴木式(長岡式)だが、どうもいけない。

私の耳には中低域が弱々しく聴こえる。

これは多分聴く音楽にもよると思う。

どちらかというとポピュラーやジャズの女性ボーカルが多い私の好みにはうまく合わない。

多分、クラシックの持続音には合っていると思う。

こんなことなら、中のダクトも交換出来るようにしておけばよかった。

と思ったが、スピーカーを200作も300作も作っていると、こんなことではメゲない。

中のダクトが変えられないことが幸いして、とんでもない大技を思いついた。

超低域は捨て、中のダクト4本の共振周波数の間に外のダクトの共振周波数を持ってきた。

これが大成功、今までのダブルバスレフにはない低域になった。



低域については(というよりオーディオについてはと言っても良いが)、人の捉え方はまちまちである。

私の耳にはこの低域は、まだわずかに癖のようなものは感じられるが、バックロードのように独特の共鳴を伴わず、またバスレフのような控えめな低域でもなく、非常に好ましく聴こえる。

「10センチユニットとしては、、、」という前置きがなくても、かなり良い音だ。



中高域はユニットの音そのままだが、ボーカルのイメージは、かなり私の頭の中のイメージに近い。

ボーカルのイメージこそ人それぞれだが、私はこのボーカルがお気に入りだ。



全体として、ツイーターが必要だとか色々な考え方があると思うが、私はこれで充分だと思っている。

ヨーロッパ系の端正なイメージもありながら、割と前にも出てくる。

そこが耳に付くこともあると思うが、調整で追い込めばまだいけると思うし、板厚が薄いとか重量が軽いということもあると思う。

最後に付け加えておくと、低能率システムでありながら、昔々の高能率システム例えばオートグラフとかハークネスのような軽さも持っている。

もう何百作もスピーカーを作ったが、十指に入るくらい面白いスピーカーである。





おかげさまで、このスピーカーは「使ってみたい」と言う方がおられたので、現在は貸し出し中である。
それから、上記資料中には書かなかったが、ユニットはTBの930SGである。
まだそれほどエージングが進んでいないため、ハイエンドに僅かに癖があるが、これは鳴らし込んでいくうちに取れると思う。

当日は30人近いマニアの方に聴いて頂いたが、大きくうなづく人、音楽に聴き入る人、あまり関心がなさそうな人、色々である。
だがそれで良いのだ。
スピーカー作りは最終的には「職人」の世界である。
どれだけ無色透明を目指そうと、最後はその人が「音楽をどう再生したいか?」による。
スピーカーとリスナーは、感性がぶつかり合い、融合し合い、反発し合い、共鳴し合う、、、そういうものである。